Interview
同業種でのM&A
技術の掛け合わせで、
さらなる成長をめざす。
事業承継問題にひとり悩み、社員やお客様のためにと一歩を踏み出した有限会社ニッシンテクノの長坂様。林金属工業株式会社へ株式譲渡してM&Aが成約したのが2024年9月末日。引き継ぎ期間中にお訪ねして、長坂様と林様に現在の状況をお伺いしました。双方が持つ技術力を生かし、明るい未来を志向する事例を紹介します。
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踏み出した一歩が
引き寄せた縁とタイミング
(有)ニッシンテクノのオーナーである長坂様が第三者承継をお考えになった理由をお聞かせいただけますか。
長坂氏:ニッシンテクノの事業の柱は、電機部品や船舶部品のアルミ鋳造です。新型コロナの流行から 1〜2年が過ぎた頃、経済的に回復に向かっていると思われた矢先に原油高による光熱費の高騰、それに伴い原材料となるアルミインゴットも1.8倍ほどに高騰。そして今年に入ってからの急激な円安と重なり、諸経費、原材料費の高騰が続く一方、お客様への価格転嫁がなかなか進まず業績としては非常に苦しい状況でした。このまま先細りしていくのではないか、廃業の可能性もあるのではないかと不安が募りました。廃業となれば従業員は失職することとなりますし、今までお付き合いしていただいたお客様にも迷惑がかかります。事業を引き継いでもらえる近親者がいなかったことと、義母の介護というプライベートな理由もきっかけとなり、第三者承継を考えるようになりました。
今回の譲受企業である、林金属工業(株)の 林社長にお聞きします。
もともとM&Aを検討されていたのでしょうか。
林氏:M&Aありき、で探していたわけではないのですが、長坂さんがお話しになったように、私も製造業を取り巻く環境の変化にどう対応したらいいか、と頭を悩ませていました。当社の事業は自動車部品の金型製造やプレス加工が主体のため、自動車業界に依存するビジネスモデルに危機感を感じていました。電気自動車に移行すると部品点数は3分の1ほどに減る、部品の共有化が進む、と言われていますから、金型製造とプレス加工だけでは先細る未来が予見されます。同じ分野で規模を拡大しても状況は変わらないため、同じ製造業でも「異業種」を顧客に持つ企業とのM&Aであれば時期による平準化も図れますし、業種依存へのリスク分散にもなるのでは、という考えがありました。たまたま当社の取引金融機関からご提案をいただいたことをきっかけに、M&Aの検討を具体的に始めました。
長坂氏:少し補足させていただくと、林金属工業は自動車業界で使う部品を、ニッシンテクノは主に産業機械に使う部品を製造しています。ニッシンテクノでは自動車業界の仕事は全体の1割未満ですので、顧客はほぼ被らないです。
M&Aにより得意先の「業種が広がった」とはいえ、原油高、材料高など製造業を取り巻く条件は依然厳しい。その点はいかがですか?
林氏:仕事の平準化と仕入れ時のスケールメリットを出せると考えています。自動車業界での部品供給は、新車種が出るタイミングに発注が多くなりますが逆もしかり。つまり金型の製造現場は繁忙期と閑散期ができてしまうんです。その「現場の閑散期をなるべく避けたい」という思いがありまして、私としてはM&Aをするなら「自動車のプレス金型以外の業種」と考えていました。
いつ頃から第三者承継に向けて動き始めたのでしょうか。
長坂氏:ちょうど1年くらい前からでしょうか。取引金融機関から事業承継の仲介パートナーとして名南M&Aを紹介してもらって契約したのが1月末、そこから承継先を探し始めてもらって林さんと面談したのが4月です。名南M&Aは税理士事務所が母体なので、当時の顧問税理士からも「名南グループなら安心」とお墨付きをいただいていましたので安心して任せることができました。私には最初で最後の経験ですから、名南M&Aのアドバイザーにいろいろと教えてもらいながら進めました。希望は「今まで通り顧客とのお付き合いを続けること、生産・品質を維持するために従業員を継続して雇ってもらうこと」で、双方に仕事の上でプラスとなる相手ならなお良いと考えていましたので、林さんとは本当にありがたいご縁となりました。検討を始めてから11ヶ月での成約でした。
林氏:私はたまたま取引金融機関の担当者から「M&Aに興味はありませんか」と数社ご案内をいただいた中で、地理的に当社から近いニッシンテクノに興味を持ち検討を始めました。私も初めての経験ですし、M&Aをするなら現場に通える距離にある会社がいいと考えていたので、こういうのは縁とタイミングだな、とつくづく思います。
尊重するところと
改善ポイントを見極めて
成約後、引継ぎは順調に進んでいますか?
名南アドバイザー: 2024年9月30日がM&A成約日でしたので、10月1日から6ヶ月の引継ぎ期間に入り、1ヶ月ほど過ぎたところです。
長坂氏:同じ製造業とはいえ、「鋳造」と「プレス」という技術面での違いはありますが、林さんが鋳造現場も見てくださるとのことで安心しています。
林氏:ニッシンテクノには長坂さんのやり方があり、うちは林金属工業として創業以来54年にわたって積み上げてきたやり方がありますので、まずは「相手を尊重する」ことを心がけています。経営面では長坂さんがこれまで培ってきたビジネススタイルや顧客情報を共有しながら、対外的な対応を学ばせてもらっています。また、仕入れ先の整理をしたり、電気やガスなどの光熱費関係も同様に見直しをかける良い機会になったと思います。
長坂氏:これまでずっと同じ仕入れ業者でしたので、この機会に相見積りをとったり、運賃を考慮して近隣のメーカーからの仕入れに変更したり、と工夫する余地が生まれました。
M&Aが成約して良かったことや嬉しかったことについてお聞かせください。
長坂氏:第三者承継に踏み切ったものの、承継先がなかなか見つからないのではないか、何年もかかるのではないかと心配をしていたのですが、探し始めて8ヶ月で株式譲渡契約まで進んで良かったです。しかも譲渡先が林さんで、金型製作や後工程の機械加工など事業拡大を含め、会社をより良くするよう考えてくださる相手で本当に安堵しています。先日、お客様にご挨拶に行った時に、その社長から「長いこと一人で悩まれて辛かったでしょう」と共感の声をかけていただいたことも心に沁みました。
林氏:私はまだ走り始めたばかりですので、この先に良いシナジーが生まれることを期待しています。長坂さんが肩の荷を降ろしてホッとしてくださっているのも、私には嬉しいです。
培ってきた技術力という宝を
未来へと継承する
長坂さんにお聞きします。
M&Aを進めるうえで困ったことや難しかったことはありましたか。
長坂氏: 事業承継先を探していることが従業員やお客様、仕入れ先に知られないように進めなければいけなかったので孤独な気持ちでした。皆に心配をかけるのでは、と危惧して相談できなかったのが辛かったです。
林さんには今後の展望をお聞かせいただきたいと思います。
林氏:やはり縁とタイミングが大切ですね。自社を取り巻く状況や環境変化に悩んでいなければM&Aに踏み切ることもなかったでしょうし、やってみて「こういう業種の広げ方もあり」だと気づくことができました。「機械を導入して仕事を新たに取りにいく」という発想もいいけれど、すでに仕事がついている企業をM&Aするという拡大路線もありなんだ、と発想の転換ができました。長坂さんが手塩にかけて育ててきた会社を引き継ぐというのは覚悟が要ることですが、こちらも誠意を持って受け入れれば、いい方向に未来を志向できると展望しています。ニッシンテクノのアルミ鋳造の炉と溶かす技術、林金属工業のプレス加工技術を掛け合わせ、製造のみならず後工程まで手がけることで競争優位性を持てれば、新たな可能性を見出せると期待をしています。
譲渡側、譲受側それぞれの視点で、M&Aをご検討中の方に向けてアドバイスをお願いします。
長坂氏:譲渡側からのアドバイスとしては、メールや電話等でM&A仲介業者から営業アプローチが多くありますが、中には悪質な仲介業者もいるので、やはり普段から付き合いのある金融機関に紹介してもらうのが安心できるかと思います。親身になってくれる仲介業者を選べば、M&Aはハードルの高いものではなく、後継者問題に悩んでいる方にはいい選択肢になると思います。ですから、仲介業者選びは慎重に、というのが私からのアドバイスです。
林氏:リスクヘッジの意味でも視野を広げて、特定の業種に依存しない体質にしていくこと、アンテナを立てて情報収集を日頃からしていくと、今回の私のように縁とタイミングに巡り会えると思います。M&Aをきっかけに仕事のやり方に別の視点を取り入れたりと、自社を良い方向に変えていくタイミングになりましたので、私自身も大きな学びを得ました。
インタビュー後に工場見学をさせていただいた際、「彼が手がける鋳造製品は品質がいいんです」と社員を紹介しながら目を細める長坂さん。林社長という頼もしい後継者にバトンを引き継いで、安堵の表情だったのが印象的でした。